この国はどうなるんでしょうか。日の丸が涙を流していますよ

『SIGHT vol.32』 2007年8月号掲載 ペシャワール会 現地元代表 / 中村哲 医師インタビュー

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戦乱の地、アフガニスタンで医療支援を中心に20年以上も活動を続けている老舗NGO、ペシャワール会。現地のニーズを明確に把握し、ここ数年は大掛かりな用水路工事にも取り組んでいる。手探りで土木技術を学び、国際社会から無視されている大干ばつに立ち向かう医師、中村哲さんに現地の状況を訊いた。
── 用水路工事の第一期が、この春完成したんですね。お疲れ様でした。
中村 ありがとうございます。タリバンがそろそろ動き出すかもしれない、ということで急いで工事を進めたんですよ。万が一、工事を中断することになったら目も当てられないですから。
── タリバンが内乱を起こす準備をしているのですか?
中村 そんな空気を感じますね。年々、米軍への反乱の規模が一桁ずつ大きくなってますから。それでタリバンというのは一部特定の集団ではないんですよ。アフガニスタンの農民であれば程度はともかく、タリバン的なんですね。自発的に抵抗している人たちもたくさんいて。
── イラク戦争についての報道は少なからずは届くのですが、アフガニスタンがそんな危機的状況にあるとは知らなかったです。
中村 国際世論としては取り上げられないままに、現地の混乱は収まることなく続いています。ちょうどベトナム戦争の時と似ていますよ。アメリカはベトコンは一部の勢力であると強調してましたが、ふたを開けてみたら皆、協力者だった (笑) 。
── NATO軍指揮の国連軍、ISAF(国際治安支援部隊)も送り込まれていますが、名目は治安維持なんですよね。
中村 現実では進駐軍がいなければ平和だった所が、軍が駐留することで途端に大きな戦闘が始まってしまいます。悪循環の泥沼ですよ。私たちは用水路工事現場の上流に診療所を2つ持っていたんです。そこはアフガン戦争の時代でも運営を続けられたのに、今はひどい治安状態で泣く泣く閉鎖しました。米軍が「テロリストが隠れている」と進駐してきてしまい、住民がそれに抵抗するという形で混乱が広がっていくんです。
── そういう事態は各地で繰り返し起こっているんですか。
中村 ええ。2002年以来ずっとこの悪循環ですね。実は、米軍兵は年間2,300名が亡くなっていますが、政府軍のアフガン人兵士の犠牲はおそらくその10倍以上。つまり、自分たちが前線に出ないでアフガン軍の兵隊を立てているんですよ。米国の兵隊が死ぬと国内で反戦活動が活発になるっていう政治的配慮でしょう。最近はISAFも加わり、4万数千名の軍隊がアフガニスタンに駐留しています。兵力は、侵攻当初の頃に比べて3倍以上になっていて。
── 増兵してまで泥沼の悪循環に足を踏み入れている占領軍の目的はなんでしょうか。
中村 名目上は、治安維持だ、テロリストの掃討だって言いますけど。アメリカのイラク出兵に際して、ブッシュは「アフガニスタンの成功例にならってイラクを統一する」という発言を繰り返していたので、なんとかして成功に持ち込むつもりなんでしょうか。駐留が長期化しているからか占領軍のモラルも落ちていますよ。
── 最近、米軍兵にトラックから瓶を投げつけられて現地の運転手の方が重症を負われたとか。また同じようなケースで亡くなった方もいるということですが。
中村 初めの頃は、彼らもまだ紳士的だったんですよ。それが、禁酒国で装甲車の上で堂々と酒を飲むような、ひんしゅくを買う行為をして、その上、面白半分に瓶を投げるなんて相手の嫌がることを平気でするんですから、モラルの低下は深刻です。何のための駐留なのか、兵隊自身もよくわかっていないんでしょう。
── 軍が混乱しているんですね。
中村 今年の春、パキスタンとの国境近くで米軍への自爆テロが起きました。市民が18名死亡、と報道されたんですが、事実はこういうことなんです。自爆テロを受けた米軍側の兵士が錯乱状態になって、あたりに向かって乱射し始め、通行人が18名犠牲になった。そういった事故が非常に増えているんですよ。
── テロリストに狙われるから基地の外に出ない、表立って歩かないという時期もありましたよね。
中村 最近は横柄さが目立ちます。加えて住民の方もだんだんおとなしくなくなってきている。アフガニスタンとの国境沿いにあるパキスタンの部族自治区では、今年の初めにモスクが爆撃されて、子どもを含めて80名近くが亡くなりました。テロリスト掃討のために、確かめもせず空からいきなり爆弾を落とすという、そういう事件が普通になりつつあります。小学校も誤爆されていますし。米軍もISAFも何を考えているのか。
── ISAFは復興支援が目的じゃないんですか?
中村 初めは首都防衛だけだったんですが、米軍から文句が出て今は地方に積極展開し始めたんですね。
── 米軍の暴走を止めるブレーキの役割をISAFに見ていたのですが。となると、ただ戦争をしたいだけで集まっているかのようです。
中村 みんな首をかしげますよね。アフガニスタンは、大干ばつが続き、農業がどんどん成り立たなくなっています。食べていくには傭兵しかないから、干ばつでたたき出された農民たちが、一家を養うためにやむを得ず政府軍なり反政府軍に雇われて闘っているんです。
── 元々ペシャワール会の井戸のプロジェクトというのはアフガニスタンの干ばつでひどい地域だというところから始まっています。9・11があった年も、大干ばつの真っ只中で支援を待っていたところ、先に制裁がきてしまいました。以後アフガンの干ばつ問題は置き去りにされたままなんですか。
中村 最近は、アフガン新政府もさすがに問題の深刻さに気づいて訴えているのですが、国際社会では大きな問題として取り上げられない現実があります。教育だとか、先進国にわかりやすい支援プロジェクトばかりがもてはやされていて。今の干ばつは収束する気配がないほどひどいのに……。そういう事実も知られていないでしょう?
── ほとんど伝わってこないですね。
中村 このままだと、おそらく国土の半分以上は砂漠化して、国民の半分が生きていく空間を失ってしまいます。しかしそれに対する有効な国際協力はほとんどない。インターネット・カフェが首都にできたり、携帯電話が行き渡ったり、そういう援助はありますが……。最近は、アメリカの傀儡であるカルザイ政権でさえ不服を漏らし、外国人のアイディアではこの国は立て直せないということを言っていて。
── ペシャワール会のように地域密着の活動を続けている団体はほかにもあるんですか。
中村 割合的に少ないでしょうね。一時は井戸掘り事業があちこちで見られましたけれども、地下水位が下がってきて、大地の水瓶が減ってきてしまい下火になりました。一生懸命考えたり、行動してる団体がないことはないけども、主流にはなっていないですね。
── そうなんですか。問題はなんなのでしょうか。
中村 まず、多くのNGOは“善意で来ても現場に出ない” というのが致命的なんです。つまり、仕事の後始末だとか点検をきちんとやらないので、法外なお金が事務所の維持と一部の請負師の手に渡り、地元の人にはほとんど届かないという構造が慢性化しているんです。
── なるほど。ペシャワール会は活動の土壌をしっかり作り、成果も上げていますよね。この差はどこから来るのでしょう。
中村 うーん。本気で現地のためにやってるかどうかでしょうね。政府にしろ民間にしろ、自己満足な活動も多いし。
── 善意の押し売りのような活動?
中村 それ以前の問題です。その地域でいかに役に立つかというよりも、財政的にサポートしてくれる自国の人々が喜ぶ企画作りに力点が置かれてる。それから、NGOで生計を立てることが悪いとは思いませんけども、ビジネスにしてるNGOのプロが現れ始めています。そういう人々は予算の取り方ばかりが上手で、国連だとか、ODAだとかいろんなところから引き出してくるんですよ。
── 日本からも追加支援が20億円決まりましたが。
中村 そういうお金は器用な人たちのなかで動いて終わってしまうんですね。だいたい、当局がお金を管理し、誰がどういう事業をしていて、というチェックシステムがないから、利口な人に自由自在に使われやすくなっています。
── 世界中から復興支援のお金が流れ込んでいるのに大丈夫なんでしょうか。
中村 社会に混乱を引き起こしていますよ。たとえば、私たちの水道工事は13キロメートルで8~9億円ぐらいの総工費ですが、米軍が発注するものはわずか300メートルの道路工事に1億円近く使ったりとかね。
── 使いすぎです (笑) 。
中村 アフガニスタンでそんなにかかるはずがない。援助による富裕層が生まれ、ほんの一部の人たちだけどんどん豊かになっていて。今カブール市内なんて交通戦争で日本人も乗ってないような立派な自動車であふれているんです。かたや、今年の小麦が取れないから一家でどこかに逃げようという農家がたくさんいるなかで、そんな一攫千金の話を聞くとみんな腹を立てると思いますよ。
── 復興景気なんでしょうか。
中村 やはりサイゴンの基地経済とよく似ていますよね。米軍から落ちるお金にぶら下がって食べている人がいて。豊かな人は、何らかのコネを欧米諸国・日本と作っておき、いつでも亡命できるようにしておく、と。
── 日本はアメリカとの同盟関係があり、イラクへも自衛隊を送っています。そのことで反感を買われているのでしょうか。
中村 今までは、どうにか日本だけは特別視されてきました。地元の人に聞いてみると、日本政府が米軍を助けてるのは知ってるけど、目の前には日本の軍服を着た人がいないから、と10人が10人、口を揃えて言いますよね。ちょっと前まではドイツも同じ状況で、対ドイツ感情はとても良かったんですよ。ところがドイツ軍がISAFに参加してからはダメです。あっという間に「ドイツ憎し」ですよ。
── 一気にですか。
中村 ええ。だから、もし自衛隊が軍服を着てうろうろすることになると、我々も危なくなりますね。
── 一般市民感情というのはおおざっぱに捉えられがちですけれども、そのぐらいセンシティブに現地の方々は見ているんですね。
中村 よく見ていますよ。日本への信頼感は兵隊を送っていない、というギリギリのところで保たれています。
── 2003年に自衛隊のイラク駐留が始まった頃は、ペシャワール会でも「狙われる」という判断で、車輌などからJAPANの文字と日章旗を消したんですよね。
中村 今はまたぼちぼち付けてます。みんな我々が日本人って知ってるわけですし (笑) 。わざわざ小細工しなくてもいいだろうって。さすがに当時は危なかったんですよ。イージス艦が日の丸つけてペルシャ湾に来てしまったんですから。今のところは沈静化していますね。
── 後方支援に徹していることを見てくれているんですね。
中村 ただ、自衛隊がアフガニスタンに入ってくれば我々は引き上げます。我々が立ち去るということになれば、それはそれで暴動になるかもしれませんが。
── いままでのペシャワール会の活動を見ていると、とにかく撤退することなく活動を続けていて。そのペシャワール会が撤退を考えるぐらいの危険な状況が予想されるということなんですか。
中村 そうです。だから、自衛隊を派兵する、なんて気軽に決める話じゃないんですよ。“現地” は大変な状況なんですよ。
── そのあたりの現実的な把握が日本ではされていないですよね。そして、平和には軍事力以上の力があるというのは中村さんの持論です。今の、たいへん混乱したアフガニスタンの状況下でも、その考えは変わりませんか。
中村 それはそうですよ。我々が安心してアフガニスタンで活動できるのは平和主義に支えられているからこそです。我々が武装したり兵隊を付けたらどうなると思います?逆効果ですよ。住民はみんな武装しているので、やろうと思えばいつでもやれるんですから。
── 自衛隊のイラク派兵に関して、中村さんは国会のテロ対策委員会で参考人発言をしたんですよね。この頃から比べて日本と日本の政治は変わりましたか。
中村 悪くなってますね。あんな甘ったれた人たちが首相や政治家に選ばれて、一体この国はどうなるんだろうかと。どこまでこの国は幼稚になって、危険になっていくのかという危機感を、ひしひしと感じますね。「景気が上向いた。良かった」ということばかりに焦点が当てられていて。少し貧乏になったって、人殺しに加担しない方が自分たちはいいんだという意識は芽生えないでしょうかねえ。
── 精神構造が貧しくなっているというような感覚でしょうか。
中村 情けないですね。日の丸が涙流してるんじゃないかと思いますよ。
── 帰国時には企業の経営者の方が集まった会でも講演されてますが、企業人についてはいかがですか。
中村 企業経営者も今、意識の変わり目なんだと思います。みんなが安全に生活できることが、経済の基盤なんだということを私が強調すると、反対する人はひとりもいません。それで、企業を離れた一個人としての共感者が増えてるんですよ。
── 今の日本は転換期に入っていると感じられますか。
中村 思いますね。ほぼ日本のひとつの時代、戦後の時代は終わったと。憲法を改正しようというのもその一連の流れのひとつなんでしょうけども、変革を求めたり、破局を恐れたりという漠然とした不安が広がっている。そういうときは論理性よりも、理屈よりも、パッと権威のありそうな声にみんな飛びつきやすいんですね。これだけ教育を受けた人たちが多いのに、新興宗教がどんどん増えているし、自殺は年間3万人を超えるし。ミサイル問題など、北朝鮮に半分あおられる形で騒いでしまうのも、やはり社会が安定していないからでしょう。不安要素が多いから、わかりやすい武装だとか、改憲に意見が流れがちになるんだと思います。
── 国全体の不安定要素が、「気分改憲」という議論に繫がっていて。少し落ち着かないといけませんね。アフガンとは対照的な事態ではあるのかもしれないですけれども。
中村 あらゆる分野に対してそう思いますね。自然との付き合い方だって見直しの時期です。どうしても目先の経済にみんながみんな飛びつきやすい。これは恐るべきことだと思う。しかし、健全な流れも起こっています。特に自然を相手に仕事をしている人たち。河川の仕事、山林をいじってる人たちは、危機感を持ってますよね。アフガニスタンだってあれは地球温暖化の一番大きな犠牲地のひとつなんです。だから国際協力という時に、自分たちのこの豊かな生活のためにああいう所にしわ寄せがきていることを考えてみて欲しい。この危機に対して国際社会というものがあるなら、協力すべきでしよう。
── お金を投げっぱなしにするのではダメですね。それにしてもペシャワール会はかなり希有な存在だと思いますが、活動が妨害されるようなことはあるんですか。
中村 米軍が時々いたずらしてきます (笑) 。機銃掃射されたこともありますよ。ヘリコプターのパイロットが肝っ玉が小さいか、兵隊として未熟な人で。その後の日本の大使館の対応のほうがすごいんですが。
── 米軍に正式に抗議をしてくれたんですか?
中村 「こちらとしては遺憾に思いますが、テロリストと戦って戦友を失ってる米軍の気持ちもわかって欲しい」と (笑) 。米軍の方針は「攻撃してから確認する」、らしいです。普通逆でしょう? 大軍と対峙しているという状況なら別として、一般市民を巻き込まないというのは常識的な軍の方針じゃないですか。
── そうですよね。今のアフガニスタンは内戦の一歩手前というよりも、すでに戦時下に入っている状況ですよね。
中村 戦時下そのものですよ。
── 果敢に活動を続けるペシャワール会に影響を受けて、日本にも世界にも、NGOのようなかたちで、がんばってなにかをやりたいと思ってる人がたくさんいると思います。そういう方々にアドバイスがあれば。
中村 いやいや、我々より先に無名の先駆者はたくさんいますから。ただ名前が出なかっただけでね。そういうのは脈々と続いてるんですよ。だから小さくても大きくても、いいと思ったことはまっすぐ続けることが秘訣でしょうか。
── 現場にもちゃんと出て。
中村 そして自分は医者だから特にそう思いますが、患者が何を訴えたいのかを読み取ることが大事です。頭が痛いと言ってるのに腹痛の薬を出したりしません。だから、干ばつのため半日もかけてロバの背中に水瓶を乗せて少年がうろうろしてる状況なのに、娯楽用のプールを造ったりというふうなことはしないようにしてほしい。
── それは本当に起こっていることなんですか。
中村 サッカー場を造るとか、世界的な支援団体でもこの程度のことは平気でしています。もうちょっとみんな豊かになってきて、娯楽に対する興味が出てきた時にはいいでしょうけども、やっぱり今は、そのお金があったら小麦に変えませんかと言いたいですね。
── 世界的に組織内の判断力というか、政策力が落ちているということなんでしょうか。
中村 落ちてますね。かつてODAの基本原則というのは相手国政府が望むものに協力するというのが普通だったんです。それが今は、グローバルスタンダードとか言って自分たちの発想を押しつけてくる。そのうち日本人も味噌汁が飲めなくなりますよ (笑) 。
── 妙な価値観の統一です。
中村 昔は多様性という言葉がひとつのキーワードだったんですが。全体がその画一化の波の中で思考力を失って、相手のことも考えにくくなってるということではないでしょうか。 アフガニスタンでは国民の半分がまともに食べることもできないんですよ。これは我々が誇張して言ってるんじゃなくて、カルザイ政権が国際社会に訴えてるんです。戦争どころじゃないですよ。戦争以上に必要なことはたくさんあって、戦争以上に努力のエネルギーのいることがたくさんあるわけですから、そんな安易なところに走るべきじゃないですよ。軍事力で何もかも解決したいという短絡的な人たちは人類の敵です。
── 結局、軍事力で何も解決できていないという現実に気がついて欲しいですよね。
中村 聖書の言葉を使うと、「剣によって立つ者、必ず剣によって倒れる」と。これはもう歴史上の鉄則なんです。アメリカ帝国が「剣によって倒せる」と言うのは、絶対に間違いです。ああいうふうに武力を振り回して国の威厳を保つ国が、やがて武力で倒されるというのは、これは例外のない鉄則ですよ。それをよく考えてもらいたいですね。

聞き手:渋谷陽一